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名古屋地方裁判所 昭和60年(ワ)2513号 判決 1990年8月31日

原告(第二事件被告)

山尾信一

被告(第二事件原告)

金谷絹子

主文

一  第一事件被告は、第一事件原告に対し、金三〇三万八六七一円及びこれに対する昭和五九年九月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  第二事件被告は、第二事件原告に対し、金三九万七八四四円及びこれに対する右同日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  第一事件原告及び第二事件原告のその余の各請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、第一事件及び第二事件を通じてこれを六分し、その一を第一事件被告(第二事件原告)の、その余を第二事件被告(第一事件原告)の負担とする。

五  この判決の一項及び二項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  第一事件について

第一事件被告(第二事件原告、以下「被告」という。)は、第一事件原告(第二事件被告、以下「原告」という。)に対し、金三〇〇〇万円及びこれに対する昭和五九年九月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  第二事件について

原告は、被告に対し、金八三六万五八二二円及びこれに対する右同日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、左記一1の交通事故を理由に、原告は被告に対し自賠法三条により、被告は原告に対し民法七〇九条によりそれぞれ損害賠償請求をする事案である。

一  争いのない事実

1  交通事故

(一) 日時 昭和五九年九月二八日午後〇時三〇分ころ

(二) 場所 名古屋市中川区荒中町一八番地先交差点(別紙図面参照)

(三) 原告車 原告運転の普通乗用自動車

(四) 被告車 被告運転の普通乗用自動車

(五) 態様 右交差点において、南進中の原告車の左側部と西進中の被告車の前部とが衝突した。

2  責任原因

被告は被告車を自己のために運行の用に供する者である。

二  争点

1  被告は、原告の傷害・後遺障害及び損害額を争うほか、原告には左方の安全不確認の過失があるとして、過失相殺の抗弁を主張している。

2  原告は、被告の傷害・後遺障害及び損害額を争うほか、本件事故は専ら被告の前方不注視、速度超過の過失により発生したもので、原告には過失がなく、仮に原告に過失があるとしても、被告の過失の方が重大であるとして、過失相殺の抗弁を主張している。

第三争点に対する判断

一  原告の損害

1  傷害・後遺障害

(一) 傷害

甲一、甲五の二、甲七の二・五、乙八及び証人大島多年太郎によれば、原告は、本件事故により頭部・頸部・腰部挫傷、脳震盪症の傷害を受け、事故当日の昭和五九年九月二八日大島病院に通院して治療を受け、同年一〇月一日より同六〇年四月六日まで同病院に入院して治療を受けたことを認めることができる。

(二) 後遺障害

乙一八の二・三、証人大島(ただし、後記採用しない部分を除く。)、原告本人及び鑑定によれば、<1>原告は、本件事故前の昭和五八年三月三一日に交通事故により前記傷害と同じような傷害を受け、同年四月五日から同年九月三〇日まで大島病院に入院して治療を受けたが、その後遺障害として左半身の強直性麻痺を併発する三叉神経様の頭痛発作を残して同年一〇月三一日症状が固定したと主張したが、自動車保険料率算定会損害調査事務所により、左半身の強直性発作は事故との相当因果関係が不明であるとして、頭痛について「局部に神経症状を残すもの」として自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表(以下「等級表」という。)一四級一〇号に該当するとの認定を受けたこと、<2>本件事故当時は右後遺障害は消失していたところ、同事故により再び同様の症状や発作が生じたが、原告の脳幹部に器質的な異状はなく、大脳皮質の損傷も認められないので、右発作は外傷性てんかん発作とは認め難く、むしろ胸内苦闘から生じた不安発作と考えた方が理解し易いこと、<3>原告は、平成二年一月二四日の本人尋問においても、主訴としてけいれん、腰痛、しびれ感を訴えているが、これらの症状は退院するまで続いていたものであること、以上のような事実が認められ、証人大島の証言中この認定に反する部分は採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右事実に証人大島及び鑑定を総合して判断すると、原告は本件事故によりせいぜい等級表一三級に相当する程度の後遺障害を残して、昭和六〇年四月六日(退院時)症状が固定したものと認めるのが相当であると考える。

2  損害額(原告は、その主張の損害額合計三〇二六万二四四六円のうち、三〇〇〇万円を請求する。)

(一) 治療費(請求同額) 二一万二四四六円

甲一六及び弁論の全趣旨によれば、右金額を認めることができる。

(二) 休業損害(請求七八〇万円) 三三六万円

(1) 甲二、甲三、甲一〇の二、甲一一の二、甲一二の三、甲一三の二・三、甲一四(甲一〇の二、甲一四を除き、成立については、いずれも原告本人)及び原告本人によれば、以下の事実を認めることができる。

原告は貨物運送業を営む大栄商事株式会社の代表取締役であるところ、右会社は原告と原告の妻山尾峰子外一名が取締役をしているが、原告が実権を持つ個人会社で、原告は、受注から配車、車の管理も行うほか、配送の仕事にも従事していた。原告の入院中は、配車の仕事は息子の山尾健一(昭和三五年九月二〇日生)に委すほか、原告は、病院から電話で右健一に指示して仕事をやらせていたが、原告の代役を果す訳にはいかなかつた。原告は、本件事故当時右会社から給与として一か月六〇万円を得ており、それ以外に役員報酬はもらつていなかつた。

次に、原告は、警察署からの依頼で事故処理専用のレツカー車を手配することを仕事とする信誠レツカー株式会社を経営していたが、この会社は従業員がいなくて原告が働き、その給与として一か月二〇万円を得ていた。

原告は、右両会社の方針に従い、本件事故による入院中の期間、右給与の支払を受けていなかつた。

以上の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

右事実によれば、右両会社が家庭的企業であることの実態に鑑み、家族が原告の労働の少なくとも三割は填補しえたものと認めるのが相当であるから、この部分は原告に損害があつたものと認めることはできず、したがつて、原告の休業損害は、前記六か月の入院期間中に取得しえたはずの給与合計四八〇万円の七割である三三六万円と認めるのが相当である。

(2) 甲八、甲九(成立については、いずれも原告本人)及び原告本人によれば、原告は、昭和五九年八月から位田道子にスナツク「エンドレス」を経営させていたが、同店の経営は同年九月までは黒字であつたものの以後赤字となり、税務申告もしないまま翌昭和六〇年四月に閉店したことが認められる。原告本人によれば、右経営の不振は原告が本件事故にあつたために客を連れて行けなかつたことも影響していることが窺われないではないが、右営業が経常的な経営による経常利益を上げうるものであつたか否か疑わしく、原告主張の損害を被つたと認めることはできない。

(三) 逸失利益(請求一五二五万円) 二三〇万九四七二円

原告本人によれば、原告は、退院後、受注や配車の手配は自分で行つているが、受注に対する配車の仕事は前記健一に委ね、車の管理は修理工を雇い、配送も行つていないというのである。

しかし、他方、甲一一の三ないし六(成立については、いずれも原告本人)によれば、原告の給与所得は、昭和六〇年分は七二〇万円、昭和六一年分は七九五万円、昭和六二年分は八八〇万円、昭和六三年分は一一四〇万円と順調な増加を辿つている。これを見ると、原告の企業努力による営業成績の向上という面を考慮に入れても、原告の労働能力は前記後遺障害によりさほど影響を受けていないのではないかと思われる。

そして、原告の本件事故前の担当業務のうち、受注や配車の手配は顧客との人的信頼関係があるから必ずしも代替性があるとは言い難いが、受注に対する配車の仕事や車の管理、配送は代替性を有するもので、他の従業員が行い得るものである。現に、原告は、退院後はこれらの仕事を息子らの従業員に委せているというのであるが、原告はこれによつて生じた余分の労働力を受注先の開拓等の他の仕事に費やすことができるのであつて、原告が退院後顧客を取り戻していること(原告本人)や前記の如き営業成績の向上も、そのことを窺わせるといえよう。

以上のような諸事情に前記後遺障害の内容・程度を合わせ考えると、原告は、前記症状固定日からせいぜい四年間を通じて、その労働能力の九パーセントを喪失したと認めるのが相当である。そして、この間の基礎となる原告の収入については、信誠レツカー株式会社はすでに営業をやめており(原告本人)、また同会社が営業をしていた期間中においても、その営業内容から見て、原告の前記後遺障害が営業に格別の影響を及ぼしたとは認め難いので、大栄商事株式会社からの前記収入である一か月六〇万円のみを基礎とすることとし、新ホフマン係数を乗じて右四年間の逸失利益の症状固定時の現価を求めると、二三〇万九四七二円となる。

600,000×12×0.09×3.564=2,309,472

(四) 慰謝料(請求―入院二〇〇万円、後遺障害五〇〇万円) 二八〇万円

(1) 入院慰謝料 一七〇万円

前記認定の原告の受傷の部位・程度、入院期間等を考慮すると、右金額が相当である。

(2) 後遺障害慰謝料 一一〇万円

前記認定の原告の後遺障害の内容・程度等を考慮すると、右金額が相当である。

3  抗弁(過失相殺)について

(一) 本件事故の発生状況

乙五ないし七、乙一二、乙一六、乙一七、原告本人及び被告本人(ただし、後記採用しない部分を除く。)によれば、次の事実を認めることができ、被告本人中この認定に反する部分は採用できない。

(1) 本件事故現場の状況は、別紙図面記載のとおりである。

本件道路は、最高速度が時速四〇キロメートルに制限されている。本件交差点は交通整理が行われておらず、原告からの見とおしは、前方及び右方は良いが、左方は悪く、被告からの見とおしは、前方は良いが、左右は悪い。

(2) 被告は、被告車を運転して、東方道路から時速約四五キロメートルの速度で本件交差点にさしかかつたが、右(北)方道路に一時停止の標識があるのに気を許し、減速徐行することもなく進行したところ、右前方約二〇・五メートルの地点に原告車が進行してくるのを認め、あわてて急ブレーキをかけたが間に合わず、<×>地点で衝突した。

(3) 原告は、原告車を運転して、北方道路から本件交差点にさしかかり、一時停止の標識に従い停止線で一時停止して左右の安全を一応確認したが、左(東)方の見とおしが悪かったのに、さらに少し前進するなどして左方の安全を確認することもなく時速約七キロメートルの速度で進行したため、左前方約一二・三メートルの地点に被告車が進行してくるのを認め、急ブレーキをかけて衝突をさけようとしたが間に合わず、<×>地点で衝突した。

(二) 右事実によれば、被告は、見とおしの悪い交差点にさしかかつたのであるから、減速徐行するなどして右方の安全を確認してから進行すべき注意義務があつたのに、これを怠り、そのまま進行したため、本件事故を発生させたものであるから、被告に過失があることは明らかである。

他方、原告としても、本件交差点に進入する際、左方の安全を十分確認すべき注意義務があつたのに、これを怠つたため、本件事故を発生させるに至つたのであるから、原告にも過失がある。

(三) そして、双方の過失を対比すると、その割合は、被告が三・五割、原告が六・五割と認めるのが相当である。

そこで、前記2に認定の原告の損害額合計八六八万一九一八円から六・五割を減額すると、被告が原告に対し賠償すべき損害額は、三〇三万八六七一円となる。

二  原告の責任原因

前記のとおり、本件事故の発生については原告にも過失があるから、原告は、被告に対し、民法七〇九条により、被告が本件事故により被つた損害を賠償する責任がある。

三  被告の損害

1  傷害・後遺障害

(一) 障害

乙二〇の一ないし六及び被告本人によれば、被告は、本件事故により頸部挫傷、左肩挫傷等の傷害を受け、事故当日の昭和五九年九月二八日から同年一〇月一日まで(実通院日数二日)石塚外科・整形外科に、同年九月三〇日から昭和六〇年六月二二日まで(実通院日数一〇日)公立陶生病院整形外科に、昭和六一年四月四日から同年一〇月六日まで(実通院日数二九日)可知病院にそれぞれ通院して治療を受けたことを認めることができる。

(二) 後遺障害

乙二〇の一ないし六、乙二一及び被告本人によれば、被告は、右治療期間中左頸部疼痛、左上肢知覚異状(しびれ感)を訴え、湿布・投薬等の理学療法を受けたが、頸椎運動制限の後遺障害を残して、遅くとも受傷半年後の昭和六〇年三月末日ころ症状が固定したと思われること、被告は、平成二年一月二四日の本人尋問において、左上肢のしびれ感が残つていることを訴えているが、普通の生活には支障はない旨述べていることが認められる。

右のような治療内容及び症状経過等から判断すると、被告の後遺障害は「局部に頑固な神経症状を残すもの」(等級表一二級一二号)に該当するものと認めるのが相当である。

2  損害額

(一) 治療費(請求同額) 二万九三二五円

弁論の全趣旨によれば、右金額を認めることができる。

(二) 文書料(請求同額) 二二〇〇円

弁論の全趣旨によれば、右金額を認めることができる。

(三) 通院交通費(請求同額) 二万五八四〇円

乙二四によれば、原告は、右金額を支出したことを認めることができる。

(四) 休業損害(請求同額) 五六万九三一三円

乙二二、原告本人及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故当時株式会社ヒグチカラーに勤務し、一か月二六万二七六〇円の収入を得ていたが、本件事故にあわなければ引続き右会社に勤務して同額の収入を得ることができたものと推認されるところ、本件事故のため右会社を休職ひいては退職することを余儀なくされ、昭和五九年一二月五日に再就職するまでの二か月と五日の休業損害を被つたことを認めることができる。そこで、その金額を求めると、五六万九三一三円となる。

262,760×2+262,760÷30×5=569,313

(五) 逸失利益(請求六四一万四五二五円) 一二四万一四一二円

被告の前記後遺障害の内容・程度に照らすと、被告は、前記症状固定日から四年間を通じて、その労働能力の一四パーセントを喪失したと認めるのが相当である。そして、この間の基礎となる被告の収入については、被告の実収入が明らかではないので、昭和六〇年賃金センサス第一巻第一表・産業計・企業規模計・女子労働者・学歴計三五歳から三九歳(被告本人によれば、被告は右症状固定時満三七歳である。)の年収額二四八万八〇〇〇円(当裁判所に職務上の顕著)を得ることができたものと推認し、これを基礎として新ホフマン係数を乗じて右四年間の逸失利益の症状固定時の現価を求めると、一二四万一四一二円となる。

2,488,000×0.14×3.564=1,2441,12

(六) 慰謝料(請求―通院一五四万五〇〇〇円、後遺障害二〇九万円) 二四七万円

(1) 通院慰謝料 七〇万円

前記認定の被告の受傷の部位・程度、通院期間(通院実日数)等を考慮すると、右金額が相当である。

(2) 後遺障害慰謝料 一七七万円

前記認定の被告の後遺障害の内容・程度等を考慮すると、右金額が相当である。

(七) 車両修理代(請求同額) 四〇万四三八〇円

乙二五によれば、被告は、被告車の修理費として、右金額を要することを認めることができる。

3  抗弁(過失相殺)について

前記認定の如く、本件事故の発生については被告にも過失があるから、右2の損害額合計四七四万二四七〇円から三・五割を減額すると、原告が被告に対し賠償すべき損害額は三〇八万二六〇五円となる。

4  損害の填補(二七一万四七六一円)

被告は、損害の填補として、自賠法七二条一項の規定に基づく政府の保障事業により二七一万四七六一円の支払を受けた(当事者間に争いがない。)。

そこで、右金額を前記三〇八万二六〇五円から控除すると、原告が被告に対し賠償すべき残損害額は、三六万七八四四円となる。

5  弁護士費用(請求二〇万円) 三万円

被告が本件事故と相当因果関係のある損害として賠償を求め得る弁護士費用は、本件事故の現価に引き直して三万円と認めるのが相当である。

四  結論

以上によれば、原告の請求は、被告に対し、金三〇三万八六七一円及びこれに対する昭和五九年九月二八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、また、被告の請求は、原告に対し、三九万七八四四円及びこれに対する右同日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度でそれぞれ理由がある。

(裁判官 寺本榮一)

別紙 <省略>

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